2007年11月アーカイブ

 二九千里会(河合義雄会長)の第三十六回ゴルフコンペは、十一月三十日に花屋敷ゴルフ倶楽部・ひろのコースで開催。当初予定日から天候不良等で日程を変更したため参加者は少なかったが、小春日和の中、すばらしい紅葉を賞でながら楽しい一日を過ごした。
 懇親会では、本間君寄贈の松茸のすき焼きに舌鼓を打ち、ゴルフ談義に花を咲かせた。
 成績は、優勝・青柳敏雄(経)、二位・寺裏長太郎(商)。次回は三月七日の予定。(日高由雄)

 十一月三十日、マルビル第一ホテルにおいて、雄弁会のOBで組織する雄吼会の忘年会を兼ねた総会が盛大に挙行された。
 篠原昭三氏の挨拶に続き、乾杯、懇談会に入り、一人ずつ昔の学生時代の懐かしい話から始まって、現在の生活状況に至るまで、時間を忘れて大いに盛り上がった。なかには詩吟から始まって浪々としゃべる者、今だからと昔話を暴露する者、爆笑の内に全員が終わり、記念写真を撮り散会した。のはいいんだが、あとから見たら、何にもなく、真っ暗で写真になっていない。「幹事何しとったんやー」と、今頃轟々と非難の声があがっているだろうと思う。実は責任者は私でして、何も申しません。
 ともあれ今、現役では雄弁会は実働しておらず、再会へ向けて努力している所である。今回、会長も篠原昭三氏から日根直人氏にバトンタッチされ、雄吼会は勿論、雄弁会も再生すべく頑張る所存ですので、よろしくお願いいたします。  (宮腰健次)

 十一月三十日、大阪キャッスルホテルで司法書士関大会(塩田貴美代会長)の第四十七回総会・懇親会が行われ、一軸浩幸校友会長はじめ、公認会計士関大会、会計人会、法曹会、科学技術振興会、女子秀麗会、応援団ОB長柄会、スポーツマンクラブより来賓のご出席をいただき、総勢五十八人が出席した。
 総会は、武島博副会長の開会の辞で始まり、学歌斉唱、黙祷の後、塩田会長の挨拶があった。塩田会長は「今年から新たな試みとして、弁護士、公認会計士、税理士、司法書士の四つの士業で合同の若手勉強会を"会社法"をテーマに六回開催した。この勉強会は、毎回各士業が交代で講師を担当することにより各士業独自の切り口があり、すごく役に立つ勉強会と好評を博したので、来年も継続して開催することになった。また、会発足四十七年目にして会旗を作製し、本日の総会が初めてのお披露目である。なお、本年度司法書士試験では三二、四六九人が受験し、最終合格者九一九人で合格率が二・八三%であったが、この難関を突破してきた合格者七人を招待している」と述べた。
 続いて、来賓を代表して一軸校友会長より「司法書士関大会は元気な団体で活発な活動をしている」とのお褒めの言葉を頂戴した後、重里正信会員を議長に選出し、議案を審議。提出議案の全てが満場異議なく、原案通り承認された。特に、来年の事業としては、異業種団体との交流会の促進とホームページの作成に取り組むことも検討するとの報告があった。
 当会の上野義治副会長が秋の叙勲で黄綬褒章を受章されたお祝いに花束の贈呈が行われ、科学技術振興会の寺内俊太郎会長の発声で乾杯し、和やかな懇親の場に移行した。懇親会では、恒例の抽選会が開かれ、参加者全員が次々と福袋を手にした。
 宴もたけなわになり、行方正行名誉会長の中締めの挨拶、佐竹正康副会長の閉会の辞でお開きとなり、盛会裏に幕を閉じた。  (副幹事長 辻井宏之)

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 秋晴れの十一月二十五日、ユネスコ研究部創部六十周年記念懇親会は、たかつき京都ホテルにOB、BG、現役学生二十人が参加、特別来賓として大阪ユネスコ協会会長中馬弘毅氏(衆議院議員)など迎え、盛大に開催された。
 OB会長東浦栄一氏からは開会の挨拶と併せユネスコ精神が説明された。

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ユネスコ研究部創部60周年懇親会

 中馬大阪ユネスコ会長は、創部六十周年の伝統と継続された会員各位の努力を高く評価し、「ユネスコ研究部」の更なる発展と支援を約束された。武田暢樹氏(大阪ユネスコ協会事務局長)、倉永悦雄氏(中馬弘毅事務所事務局長、昭31経卒、雄弁会)の挨拶があり、河田悌一学長(大阪ユネスコ協会副会長)の祝電が披露され第一部は終了。
 第二部は前田OB会副会長の乾杯で開宴。現役学生による「ユネスコ研究部活動の記録」が紹介され、最後は逍遙歌を声高らかに合唱。
 十二月七日パリに出発、ユネスコ本部を訪問される東浦会長の帰国講演を期待しましょうとの乙 淑子先輩の閉会の言葉で終了した。    (倉永悦雄)

 十一月二十五日に女子秀麗会(仁井ひろみ会長)の三十三人が寄席見物。十一月二十二日の語呂合わせ"いい夫婦"週間で、夫婦入場者には『大入』袋をプレゼントされる。当会参加者にも二組のご夫婦がおられて、『大入』袋(千円)を頂きハッピー。
 また、昼席の和服入場者にも『大入』袋(百円)が出て、思いがけず私もゲット。持ち帰って、あやかろうと女子秀麗会ファイルの表紙に貼り付けた。その後、相生楼(三十人)で錦秋の趣を感じる松花堂弁当を味わった。
 さて、『大入』袋のお蔭か、十一年ぶりの積雪の二月九日昼、美々卯本店にて開催された新年幹事会・新年会も、例年より多い二十八人の参加。美々卯会長の薩摩卯一氏(昭22専経)から項戴した紅・白ワインに感謝して乾杯し、「うどんすき」を美味しく頂いた。身も心も温まった後、希望者は雪の舞うなか徒歩十数分の緒方洪庵・適塾へ。
 外気は厳しかったけれど、内にほんわかぬくもりを感じる一日だった。    (寺村秀子)

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女子秀麗会秋の見学会

 第十八回大学対抗ゴルフコンペ(東京五大学、関西五大学の十大学)が、十一月二十三日、愛媛県新居浜カントリークラブで開催された。
 春秋の年二回開催される同大会は、愛媛県東予地区の大学OBが中心となって開催されているもので、関西大学も今年度春から東予千里会(黒川幸弘会長)を中心に参加を始め今回で二回目の参加となった。
 今回は、愛媛支部からも前支部長河口雄三(昭38新)、西嶋吉光(昭44法)・杉本勝教(昭43法)・坂井清(昭49商)三副支部長の四人の校友、また会場に近い香川支部の関誠一(昭43法)・喜多良二(昭51社)校友らも参加し、計十一人が十校六十八人の戦いに挑んだ。
 素晴らしい秋空のゴルフ日和に恵まれながら、高麗芝に悩まされハイレベルな校友も日頃の腕前が出せない者も続出という乱戦であった。
 その中、関西大学は個人戦三位に永易功次(昭57経)、八位に西嶋吉光、十一位に田代豊(昭44法)、十四位に坂井清、十八位に山岡陸男(昭42法)の各校友と踏ん張り、見事二回目の参加で団体優勝を勝ち得た。ちなみに、各校上位五人のネット合計で競ったもの。

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10大学ゴルフコンペ参加の関大メンバー

 コンペ終了後の懇親会は、リーガロイヤルホテル新居浜での開催となり、団体・個人表彰式の後、十校の校友がコンペの反省、次回を期する会話等和やかな内に進行し、短い時間を惜しみながら散会となった。 (東予千里会副会長 山岡陸男)

 学部二十六年会(河合達朗会長)の十九年度総会は、十一月二十二日に肥後橋の徐園で、十七人が出席して開催された。平日の午前にも拘わらず、来賓として本部から古川副会長らに駆けつけていただいたほか、恩師の横田健一先生がわざわざ京都から奥様と一緒に参席いただき、一同の感動を呼んだ。
 総会は、野崎副幹事長の司会で開会。学歌斉唱、物故者黙祷に続き、河合会長から「本年、卒業五十六年を迎えるが、こうして横田先生を迎えて、諸兄との再会は得難い機会であり、存分に一同交歓を深めて欲しい」との挨拶の後、古川副会長から母校と校友会のホットニュースを懇切に報告いただいた。

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学部二十六年会総会

 会長を議長に、上程の事業と決算の報告書を東浦副会長が提案、松井会計監事の監査報告を受けて満場一致承認し、第一部を閉じた。
 恒例の記念講演は、本年度母校に新設された政策創造学部の誕生と展望に関して「政策創造学部と新しい教育」と題して、新進気鋭の母校小西秀樹教授を迎えて卓話をいただき、大学改革の新しい流れに沿って、将来の人材育成の取り組みを聞き、頼もしい展望を拝聴した。
 懇親会は木村代表幹事の司会で開宴。初参加の細田校友を皮切りに、全員が「ひとことスピーチ」をもって懇親のひとときを過ごした。なかでも恩師横田先生の講義秘話をはじめ、人生七十代後半を迎える同期生からの持ち味を披露する交歓の場に、一入の熱い愛情が甦った。
 畑校友会事務局次長の発声で万歳三唱し、三宅幹事の閉会のことばで閉宴した。因みに、平成十八年度の「事務費協力金」は、当日十一人・送金五十五人に及んだ。記して感謝の念を申し上げたい。  (東浦栄一)

 沖縄支部(三宅勲支部長)十九年度総会は、十一月二十二日に昨年と同様、加藤大輝さん(平12経)の勤め先「沖縄ホテル」で開催された。午後六時半の開会は夜型社会の南国沖縄ではまだ宵の口、もしやウチナータイムではと危惧しながら会場に向かうと、そこは.我らが関大"規律正しく早々に集まっていた。
 本部より中村良介副会長、成岡昭二事務局長代行をお迎えし、総勢二十六人の集いとなったが、今年度は九人もの会員が初お目見えで、さらに平成二桁代の若い校友の参加もあって、いつにも増して活気のある会となった。初参加者では本多克幸先輩(昭30文)がはるばる離島宮古島から駆けつけてくれ、役員を喜ばせた。

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沖縄支部総会

 オープニングは恒例の学歌斉唱で、今年は寺島広文さん(昭49商)の口上.水の都は心斎橋か!..."に続いて関西大学♪...と始まるはずが、オーディオのトラブルでミュージックなしの肉声での熱唱と相成った。お二人の来賓の挨拶、三宅支部長(昭39商)挨拶、十八年度会計報告、役員選任と議事が粛々と進められ、第一部総会を終了。
 第二部お待ちかねの懇親会では、バラエティーに富んだホテルの御馳走をいただきながら、一年ぶりに再会の人、初めてお目にかかる方々と、顔が赤らむにつれて話も弾み、楽しい歓談のひとときが過ぎた。初参加者の自己紹介では、それぞれ特徴があって、若い人が物おじせず堂々としている姿には、さすが.我らが関大だな"と何かしら我が子のように嬉しく、自慢したくなるような光景だった。
 幕締めはもちろん逍遙歌。先輩、後輩円陣となって肩を組み、....はるか彼方、白亜の殿堂を仰ぎつつ..."と、我が旦那(田中順一=昭49工)がマンドリン倶楽部に四年間在籍で培った、正に昔取った杵柄よろしく、寺島さんに続く本日二度目の口上とパフォーマンスに酔いしれ、"嵐つんざく鳳の..."と、若かりし日にタイムスリップし、幸せな時を過させていただいた。
 なお、この粗稿が沖縄県内二百余人の校友の方々の一人でも多くの目に留まり、来年は更なる盛会とならんことを期待すると同時に、一年に一度の学生時代の思い出に浸れる時を大切にしていきたいと思っています。      (昭49文 田中弘美)

 吹田支部(八澤良彦支部長)の第三十二回親睦ゴルフ大会は、十一月十八日に茨木国際ゴルフ倶楽部で開催され、初参加者二人、女性三人の四組十六人が和気藹々の雰囲気の中で熱戦を繰り広げた。

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吹田支部親睦ゴルフ大会

 プレー終了後、コンペルームで成績発表・懇親会が行われ、はるばる奈良県橿原市から今回初めて参加した有田成伴氏(平6学社)が優勝。大倉幾三郎ゴルフ担当副支部長から豪華海産物の賞品を渡された。二位は重石治久氏(昭54学法)。表彰式終了後、各自が自己紹介を兼ねて一言スピーチし、懇親を深めた。       (奥谷英夫)

 十一月十七日、十九年度平野支部(田中義信支部長)総会が寺田町のフェイセスゲストハウス・月華殿で開催された。来賓の応援団OB長柄会・石原幹事長の指揮による学歌斉唱、フレー!フレー!か・ん・だ・い!!のエール。参加者全員のスイッチが入ったのがはっきりと観てとれた。
 第一部総会に続いては第二部講演会。講師はご長男の結婚披露宴会場より駆けつけた当支部の玉柏ちづる副幹事長。「少年非行と大人社会」について、保護観察官ならではの視点より熱く語る。自分への信頼と自信が著しく欠けている青少年たち...今問われているのは、実は彼らにどうかかわっていくかという私たち大人の覚悟なのかもしれない。
 五分間の休憩をはさみ、やがて元気いっぱい名調子・宮崎文雄幹事長の司会による第三部懇親会へと移る。小坂道一理事、寺内俊太郎校友会副会長より「強い関大」「元気な関大」の各分野での成果、そしてビジョンなどについてのお話を祝辞と共に賜り、大谷事業部長の発声による乾杯へ。しばしの歓談に続いてはご存知平野支部名物のオークション。今年は林誠事務局長と初参加の羽藤みどり校友の名コンビ。極太まつたけ入りフルーツセットに「3万円!」の声が上がり、会場がどよめく。余勢を駆って、残る品物も十分足らずで完売となった。

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平野支部総会

 興奮の後のひとときの団欒がおとずれようとするも、鎌田益廣東大阪前支部長が飛び入りで蘊蓄たっぷりの楽しい河内音頭を披露して下さり手拍子がいつまでも鳴りやまなかった。
 さて、「なごやかでぬくもりのある総会」の最後を締めるのはやっぱりこれしかない、当支部大江正則副支部長演舞による" 日本一の逍遙歌の大合唱だ!五十二人の来賓・会員の大音声が今年もこの会場に響き渡る。外では枯れ葉が舞い、早くもクリスマスのイルミネーションが点っている。他支部行事への遠征含め、様々な行事で盛りだくさんだった平野支部の一年が終わり、そして新しい一年が始まった。      (長野隆哉)

 交野支部(安原敏夫支部長)創設二十周年記念総会は、十一月十七日に交野市立保健福祉総合センターで開催された。
 安原支部長は、「関大創立百周年を機に結成の気運が高まり、今堀努設立発起人代表(初代支部長)のもと昭和六十二年に発足した交野支部は、本年二十周年を迎え、誇りに思う。これを機に会員相互の親睦をさらに深め、母校並びに校友会との絆を一層深めよう」と挨拶。

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 続いて、藤原三郎副支部長が石川昌司副会長ら本部と近隣支部からの来賓の方々を紹介。議事終了後、来賓代表挨拶で、石川副会長は、「支部の活性化と活動の一層の拡大、組織の再建等に積極的に取り組みたい」と力強く語られた。
 法人の西岡雅史総務局長(交野支部設立発起人)は、大学の近況について分り易くお話しくださり、出席者は熱心に聞き入り感銘した。内容は(1)十九年度文部科学省「グローバルCOEプログラム」に、東アジア文化交渉学の教育研究拠点形成―周縁アプローチによる新たな東アジア文化像の創出―が採択された。(2)北陽高校が来春から名称を「関西大学北陽高校」に変更し、関大二番目の併設高校に。(3)高槻キャンパスの校舎は三十階建から十二階建に変更して平成二十二年四月開校へ。幼稚園は開設せず、小・中・高・大学・大学院を設置する等。
 記念写真撮影のあと、中章顧問(二代目支部長)の乾杯の発声で開宴した。和やかな雰囲気の中、話題も尽きることなく、会話も弾んだ。楽しいひと時は瞬く間に過ぎ、別れを惜しみつつ逍遙歌を熱唱し散会した。     (事務局 奥野和夫)

 関大チェリークラブ(竹内知行会長)総会が十一月十六日、シティプラザ大阪で約五十人出席し、和やかに時間を忘れ盛大に開催された。
 元もと故桜田誉教授の教え子の集まりだったが、先生が亡くなられてからも十七年も続いている不思議な会である。今は関大出身の方に大きく門戸を広げ、また当会は校友会のゼミOB会登録第一号として異色の存在となっている。

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関大チェリークラブ総会

 校友会から古川副会長らの出席をいただき、前国会議員の中野寛成氏、元国会議員の坪井一宇氏が出席、会員の前川清成参議院議員からもお祝いのメッセージをいただいた。
 また、MBSミスタータイガースの唐渡吉則氏からユーモアあふれるお話で大変盛り上がり、質問も多数飛び出し、来年は我等が後輩の阪神タイガース岩田投手の出席を約束していただいた。
 その結果、来年のチェリークラブ総会は十一月二十八日(金)に決定した。チェリークラブ会員以外の方々の参加も大歓迎です。岩田投手からどんな話が聞けるか、ドキドキワクワクである。
 連絡は、宮腰健次(携帯:〇八〇―五七〇七―八二一二)まで。   (幹事長 藪内正明)

 泉南支部(森本譲支部長)の十九年度総会は、十一月十一日十一時から昨年と同じく大阪湾・関西空港を眼下に望む岬町の「マリンロッジ海風館」で開催され、校友会本部の一軸会長・日根監事らを来賓に迎え、家族会員を含む三十四人が出席した。
 第一部総会は、学歌斉唱等に続き、森本支部長は一九八四年十月の支部創設以来二十四年目を迎え、次回平成二十年度総会は二十五周年記念大会となる旨の挨拶を行った。
 一軸会長の来賓祝辞を頂いた後、議事に入り十八年度の事業報告並びに十九年度計画など全議案を承認した。総会の締めに、校友上林良一先生の叙勲を祝し、一同から記念品を贈呈した。

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泉南支部総会

 続いて第二部は、今までの政経スポーツ講演とは趣向を変え、落語家の林家染太師匠(本名=萩山志行氏・一九七五年生、愛媛県松山北高出身、関大文学部・落語研究部(落語笑会)卒業、繁昌亭出演中)による出張演芸とし、落語二題・津軽三味線・南京玉すだれ等を披露していただき、気晴らしとばかりに一同笑い転げての観賞となり十分堪能した。
 第三部懇親会は、日根監事の乾杯で始まり互いの親睦を深め、支部ゴルフ大会成績発表、石本副支部長の中締め挨拶と進行し、最後は元応援団長・辻校友の音頭で全員肩を組んで逍遙歌を合唱し、盛会裏に終了した。      (幹事長 築野由照)

 生駒支部(杉岡昌彦支部長)では十一月十一日、十九年度総会を地元のレストラン「メルヘン」で開催した。本部からは一軸会長、片山副会長、近隣支部からは東大阪、八尾、柏原、平野の各支部から代表者が来賓として参加があり、近年にない交友の輪の広がりが見られた。

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生駒支部総会

 本部の片山副会長からは、本年の受験生が十万人を超えたこと、私学では早稲田、慶應、立命の三校とともに、母校が文部科学省のグローバルCOEに採択されたこと等、喜ばしい報告があった。
 本年の総会では、来年の新年互例会を河内八支部合同で実施されるに際し、八尾支部と生駒支部が合同で幹事支部に指名されたことが特筆され、また五人の新会員の出席があったという嬉しい出来事があった。
 議事運営では、総合司会として中田副支部長が、議長に東副支部長が各々担当し、松井会計から会計報告、林監査から監査報告があった。その後、杉岡支部長から支部発展に一層の努力をするとの力強い発言があり、また女性会員の拡大に努力したい旨の報告があった。
 二部の懇親会では、例年名司会者と折り紙付きの大西副支部長が軽快なタッチで進行役をこなされ、大いに懇親の輪が拡大した。この間、元支部長で現顧問の西野氏と、女性市会議員の有村京子氏から、「最近の企業環境」、「生駒市の現状」という演題で各々講演があった。
 終盤では、例年来賓として参加されている前東大阪支部長の鎌田益廣氏からプロの河内音頭の熱唱が披露され割れんばかりの拍手があった。その後恒例の抽選会があり、参加者全員童心に帰った感じで微笑ましい雰囲気の中、東野幹事のリードにより逍遙歌を熱唱し、久保副支部長の閉会の辞で幕を閉じた。         (西野四郎)

 明石に迎えた十九年度事業部見学会が盛況裡に終始した満足感の余韻が残る翌日、十一月十一日、明石関大クラブ(鈴木一雄会長)のメンバー十人(二組の家族を含む)が明石海峡・播磨灘のヨットクルージングを体験した。
 ヨットは、会計幹事藤本哲也さん(昭48院修・弁護士)が十人で共有する二十人乗りデンマーク製帆船「赤石」。
 さすが大型ヨットとなれば、操舵・見張り・帆の係・船長等で六人のスタッフを配置。藤本さんがメンバーの、明石ヨットクラブから応援いただいた。ヨットの内部は、ワンルームマンションを凌ぐ豪華設備で、食堂・寝室・浴室・洗面所・キッチン・洋服たんすが完備。この船は五島列島や屋久島など遠距離航暦も有するが、スピードはゆっくりで、正に時間をぜいたくに使える人が、クルージングの条件のようである。
 さて当日は、やや波風ながら快晴に恵まれた。われわれは八時三十分明石港に集合、ヨット上にはすでにスタッフが手際よくロープをたぐり、出港に備えていた。九時出港、一路淡路島西浦の富島港を目指した。洋上は少々の西風で、これも「ジブ帆」という帆を操作して船体を安定させ、海面に浮かぶ「のり網いかだ」を巧みに避ける操船で、二時間を要して港に着いた。
 上陸後徒歩二十分、北淡震災記念公園(野島断層保存館)を訪ね、兵庫県南部地震震度七のすさまじさの数々を目の当たりにして、自然災害の教訓を新たにした。昼食は港町ではのおいしい魚料理をご馳走になり、またヨットクラブのみなさんに謝意と懇親を深めているうちに、時間が経ち帰路についた。

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 海上は予報どおりいささかの荒れ模様となり、舳先がかぶる波浪にヨットが上下して、貴重な体験を満喫して歓声が上がりつつ、やがて明石港に着岸した。
 平穏な海上に少しざわめいた波浪が、このクルージングをいっそう楽しくしてくれた一日だった。ちなみに往路・復路とも操舵は藤本さん、そしてスタッフのみなさん、本当にありがとうございました。
       (会長 鈴木一雄)

 十一月十一日の日曜日に鳥栖市立儀徳町運動広場で、第一回福岡若手千里会VS 佐賀千里会交流ソフトボール大会を総勢二十数人参加のもと開催した。
 二十年ぶりにグローブを手にする人もいて、準備運動でグランドを一周するだけで息切れする面々もあり、柔軟体操の際には、試合が成立するのか?ケガはしないか?と心配していたが、試合に入り、体が温まると次第に緊迫したゲーム展開となり、各人普段の運動不足をよそに、投げて、打って、走ってと、大変に盛り上がった。
 また、見学のつもりで参加していたメンバーも、試合に駆り出されグランドに立つと、皆、学生時代に戻ったかのように、躍動感をもって白球を追いかけていた。
 試合結果は、一戦目 福岡9―佐賀6、二戦目 佐賀5―福岡6、で福岡若手千里会チームの勝利ということで閉会した。個人賞では、MVP・岡部将大(九歳、福岡・岡部薫=昭61工・ジュニア)、福岡千里会・畠中俊和(平14商)、佐賀千里会・内山誠一(昭59法)の三人が選出され、第二回目(来年度予定)が楽しみな企画となった。 (福岡若手千里会代表幹事 岡部 薫)

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 関大一九会(土橋修会長)は十一月八日、全日空ホテル雲海で十九年度総会を開催した。専門部一部商科を昭和十九年九月に繰り上げ卒業して今年は六十三年目、関大一九会が昭和五十二年に発足して三十一年目、第二十九回(年一回開催、二回休会)の総会になる。
 当日は会員七人と会員夫人一人の特別参加を得て総勢八人だったが、久し振りの出合いにお互いの健在を喜び合い、意義ある楽しい総会だった。
 土橋会長は、あいにく体調を崩して今回は欠席を余儀なくされたが、開会に先立ち遠藤渉氏から会員の近況について詳細な報告があり総会に入った。学歌斉唱、物故者への黙祷に続き、横浜から遠路馳せ参じた三嶋信治氏の発声で、母校の更なる発展と一同のこれからの健康を祈って乾杯、懇親会に移った。

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関大一九会総会

 懇親会では戦争と共に過ごした学生時代の思い出から、平成十八年に創立百二十周年を迎え、「強い関大」を目指して活躍する母校の躍進ぶりまで話題は尽きず、会場は一層なごやかな雰囲気に包まれた。
 なお、遠藤氏を煩わして、引き続き毎年会員名簿を作成して全員に送付、会員相互の絆を深め、「これからも元気な限り続ける」ことを申し合わせ、来年は一人でも多い出席を念じつつ再開を約して散会した。    (中川三郎)

 二六会( 嶋謙三会長) 第二十一回総会が十一月八日、大阪やよい会館に会員十二人が集まって開催された。当会は、まことサロン的な懇話会を主眼としてきたので、学歌、応援歌、逍遙歌を一節づつ斉唱、会計報告と一応総会の形式を踏襲したが、それも三分で終了、かたばった挨拶は抜きで、すぐ乾杯。
 ビールが、体中をひと渡りするや、人生経験豊かな人たちの、ウイットに富んだ面白可笑しい「談論風発」が飛び交って、知らず三時間が経過。会長の「ではこれでお開き、また来年皆さん元気でお逢いしましょう」の一言で閉会。
 それぞれ良い気分を保って、大阪の街に吸い込まれて行った。ちなみに、昭和二十四年卒業でありながら、「二六」の名称を冠したのは、関西法律学校が「関西大学」に昇格した年から、二十六回目の卒業生の集いという意味合いからである。  (幹事・今道 博)

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 十一月六日に関西大学会計人会(中村良介会長)は、多数の来賓と会員を迎えて、研修会・総会・懇親会を太閤園で盛大に開催した。
 定時総会に先立ち、研修部主催による第六回認定研修会が約二時間、総勢四十六人の参加者を数えてエメラルドルームで開催された。
 今回の研修テーマは「種類株式の活用について」であり、講師は昭和五十五年商卒、平成二年に税理士登録をされた新進気鋭の佐々木基成先生。関西大学出身の専門士業の集まりである「法律・会計職域校友の四会合同若手勉強会」での、会計人会が講師を務める当番の折に同テーマで発表され好評であったために研修部から講師をお願いしたもの。

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会計人会総会

 講義の内容は、会社法で新たに認められた種類株式制度を、我々の業務の中で如何に活用できるかという、いまだ定説のない状況での意欲的な研修だった。
 定時総会には、一軸浩幸校友会長をはじめとする五人の来賓、四人の参与、三十六人の会員をお迎えした。司会の石井副会長による開会挨拶の後に、物故者への黙祷、学歌斉唱、中村会長の挨拶があった。宮崎副会長を議長としての議事へと続き、年会費の増額、役員任期の短縮を盛り込んだ会則の改正など全議案が承認された。
 その後、一軸校友会会長、末政名誉顧問、畑下評議員会議長、増地校友会事務局長、塩田司法書士関大会会長らの来賓を代表して、一軸会長より祝辞を頂戴し、祝電披露で総会を終了。
 ゴールデンホールに場所を移して懇親会を開催。新たに到着された来賓らを交え、参加者全員で記念撮影の後、中村会長の開宴の挨拶で懇親会は華やかにスタートした。
 来賓を代表して上原専務理事と芝井副学長から祝辞を頂戴した後、畑下評議員会議長のご発声による乾杯で和やかなムードはさらに高まり、五つの円テーブルに分かれての宴は最高潮を迎えた。
 約二時間の懇親の後、宮崎副会長の指揮の下、逍遙歌を合唱、散会となった。    (副会長 山田拓幸)

 首都圏支部連合会(南部靖之会長)女子部の懇親会が、秋色濃い十一月四日に.神楽坂"で開催された。
 当日は小春日和に恵まれ、十四人の参加者は神楽坂毘沙門天・善国寺境内での野外茶会に出席、神奈川支部の川崎美佐子さん(昭46学法)のお点前でお茶をいただいた。
 その後、近くのレストランでフランス料理の昼食をとりながら歓談。初対面の人が多いにもかかわらず、楽しい和やかな雰囲気の中での食事となった。

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首都圏支部連合会女子部懇親会

 このまま解散ではもったいないと、川崎さんにガイドをお願いして神楽坂を散策。『神楽坂がまるごとわかる本』の著者だけに、詳しく丁寧に、二時間余りをかけて案内していただいた。普段、運動不足の人にとっては、いささかオーバーかなと思われたが、喫茶店で一休み、時間が過ぎるのを忘れるほどおしゃべりし、再会を約束して散会した。          (小林寿子)

 秋晴れの十一月三日、百周年記念会館において第十八回秀麗寮士会(重森英樹会長)総会が開催された。四年ごとの開催のため久しぶりの顔合わせとあって、全国から百六十人の参加があった。来賓として寺内俊太郎校友会副会長を始め、故鉄井舎監の奥様以下大勢のご臨席を賜った。
 総会では、会長に重森英樹(再任・寮10期)、副会長には市場康雄(再任・13期)、森茂実(新任・25期、事務局長兼任)、八木晋一(新任・13期)の各氏が選出された。
 総会に続いての「ミニ講演」は、『笑う門には健康来たる』と題して袴田邦夫氏(10期)による健康をテーマにした内容で好評であった。

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秀麗寮士会総会

 懇親会では、「寮歌斉唱」のあと増地校友会事務局長の乾杯で開宴。各期グループに配されたテーブルは大いに賑い盛り上がった。石山博康氏(7期)による歌謡曲、三期生の亀井宗七氏(3期)の江戸芸「かっぽれ」踊りは、宴に一段と華を添えていただいた。
 折りしも大学は学園祭。久しぶりに見学し、女子学生の多さと元気さに驚かされた。「質実剛健」「バンカラ関大生」はどこへ消えたのか。寮にも立ち寄ったが、共同生活を敬遠して入寮希望者が減っているようだ。我々の時代は、学部卒業と言うよりも秀麗寮卒を誇りにさえして学年の異なる四人部屋での寮生活四年間で得たものは大きいと、今も自負している。今やそれも「いにしえの関大」となったのかと、年寄りの「繰り言」になったが、しばし思い出の場所を散策したあと、各期で予定されている「同期会」会場に向かって千里山キャンパスを後にした。(第13期幹事 橋本俊二=昭44一法卒)

 川西支部歩こう会(湯川捷彦会長)の本年度秋季大会は十一月三日、気温・天候にも恵まれ絶好のウォーキング日和の下、一庫ダム・知明湖周辺約八キロを散策した。
 当日、能勢電鉄の光風台駅に朝九時三十分集合。参加者は男子二十九人、女子三人、合計三十二人で開催された。水口博喜支部長の挨拶のあと、駅前で記念写真を撮り予定を少し遅れて出発。
 特に今回から母校関大の小旗も用意され、私が指名を受け先導役で知明湖目指して出発。光風台、新光風台等の住宅地を抜ける道すがら、久し振りの校友同志の会話が弾み、楽しい一時を過ごし、車道を歩く所では車の往来もあり事故に注意して誘導、りんどう橋を渡り知明湖を左手に見ながら、一路目的地の一庫公園目指して歩いた。

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川西支部歩こう会

 公園に辿り着くには、出会いの谷(三百六十段階段)の急坂を登り切る事が要求されるが、今回は女子の参加者もおられ、健脚の方を除き無理をせず階段の途中から右折しデッキウォーク、森の小道を利用して登る事にした。
 十一時半頃に全員無事に登り終え、各自公園の広場で持参の弁当やおむすびでの昼食と公園内での散策タイムを楽しむ。午後一時半に公園内の丘の流れに集合、参加者の全員を確認して一庫公園を後にした。
 知明湖沿いをぐるりと回り管理事務所で一息いれ、大路地川を渡り川西市郷土館に着き、湯川会長(37工)より今回の催しの終了の挨拶で一旦解散。その後、希望者で郷土館を見学し、無事今回の行事を終了した。     (小西隆廣 昭38経卒)

 二八会(辻見重行代表幹事)会員は、戦争や教育制度改革等によって、最も年齢差のある者の同期生会だが、その平均年齢が七十七歳『喜寿の年』になった。われわれの若い時には「このような年まで生きながらえる」とは考えられなかったことだ。

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二八会第6回同期生会

 二八会は十四年前に第一部・第二部の全同期生に呼びかけて「卒業四十周年記念同期生会」を開催して以来、第六回目の同期生会を十一月一日に百周年記念会館で開催した。
 最近は二三年目毎に開催しているが、参加者が漸減傾向で寂しい思いをしていた。しかし今回は前回を上回る七十六人の参加を頂いた。
 残念ながら亡くなった方、「病気」とか「歩行困難」を理由に「今回は残念ながら欠席」との返信をいただいた方なども多くなり心配していたが、出席頂いた方々は至って元気で活発な会合となった。
 校友会本部から成岡昭二事務局長代行に出席頂き、毎回どおり大変ご厄介をおかけし、「名前解説入り」の記念写真を写したり、メンバーから飛び入りの「手品」を見たりと、毎回どおり「みんなが主役」の同期生会を満喫し、お互いに励まし合い、今後の活力として、次回の再会を約して盛会裏に終わることができた。     (辻見重行)

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